オステオパシーの語源
2005年 05月 12日
オステオパシー治療という言葉を今の日本において耳にすることはまだ少ない。
この言葉が何かという事を一言で言い表すのはかなり厄介だ。
私の患者さんも他の人に説明するにおいて手を焼いている様子である。実際私自身もどの様に簡単に説明してよいか詰まってしまう時がある。
元々の語源は「オステオ=骨」「パソス=疾患」からついたものだ。これだけでは何の事だかサッパリ解らないはずである。
日本に伝わってきた時「整骨医学」と訳された。そして、オステオパシーという言葉はどこかへ行ってしまった。カイロプラクティックのようにそのままにすれば良かったものを当時の風潮で日本語にしてしまったのだろう。「骨の疾患」となると整形外科医か柔整師を考えてしまう。
オステオパス(オステオパシーの手技を使う術者の意)は一体何をするのだろうか?
答えはこうだ。体性の機能障害(somatic dysfunction)を見つけ出しマニピュレーションと言う(手技療法)を行う事である。
しかし、多くの人が思うはず、「体性の機能障害とは何っ」て!!
体性機能障害とは、骨格,関節,筋膜(筋肉を包んでいる膜)やそれらに関連する血管,リンパ,神経を含んだ身体の構造が障害を受け、上手く機能しなくなった状態である。
つまり、身体を構成しているほとんどのものにアプローチする訳であり、筋・筋膜や靭帯等によって関節の動きが悪くなっている所に再び動きを回復させる事である。
そこにはレントゲンに映る様な病理学的な変化は存在しない場合が多い。しかし患者さんには痛みとなって現れる。
当然、慢性化して更に放っておけば病理学的な問題に移行していくのは避けられないであろう。
オステオパシーは人間を一つの単位として考えている。
例えば膝の痛い人がいたとする。いきなり膝は治療しない。なぜなら人間を一人の単位と考えなければならないからだ...。
問題は膝以外の所に存在する事があり、それはお腹の前側に飛び上がる様な痛みがあるかも知れない。それは人によって違うわけだ。もちろん膝自体に問題がある患者さんもいる。
諺に例えるとこうだ「井の中の蛙大海を知らず」
小さいところだけ見ていてもダメだ。そこから視野を広げるともっと大きな世界が見えてくる。
そこにはその問題を起こしている原因が見つかるかもしれない...
この言葉が何かという事を一言で言い表すのはかなり厄介だ。
私の患者さんも他の人に説明するにおいて手を焼いている様子である。実際私自身もどの様に簡単に説明してよいか詰まってしまう時がある。
元々の語源は「オステオ=骨」「パソス=疾患」からついたものだ。これだけでは何の事だかサッパリ解らないはずである。
日本に伝わってきた時「整骨医学」と訳された。そして、オステオパシーという言葉はどこかへ行ってしまった。カイロプラクティックのようにそのままにすれば良かったものを当時の風潮で日本語にしてしまったのだろう。「骨の疾患」となると整形外科医か柔整師を考えてしまう。
オステオパス(オステオパシーの手技を使う術者の意)は一体何をするのだろうか?
答えはこうだ。体性の機能障害(somatic dysfunction)を見つけ出しマニピュレーションと言う(手技療法)を行う事である。
しかし、多くの人が思うはず、「体性の機能障害とは何っ」て!!
体性機能障害とは、骨格,関節,筋膜(筋肉を包んでいる膜)やそれらに関連する血管,リンパ,神経を含んだ身体の構造が障害を受け、上手く機能しなくなった状態である。
つまり、身体を構成しているほとんどのものにアプローチする訳であり、筋・筋膜や靭帯等によって関節の動きが悪くなっている所に再び動きを回復させる事である。
そこにはレントゲンに映る様な病理学的な変化は存在しない場合が多い。しかし患者さんには痛みとなって現れる。
当然、慢性化して更に放っておけば病理学的な問題に移行していくのは避けられないであろう。
オステオパシーは人間を一つの単位として考えている。
例えば膝の痛い人がいたとする。いきなり膝は治療しない。なぜなら人間を一人の単位と考えなければならないからだ...。
問題は膝以外の所に存在する事があり、それはお腹の前側に飛び上がる様な痛みがあるかも知れない。それは人によって違うわけだ。もちろん膝自体に問題がある患者さんもいる。
諺に例えるとこうだ「井の中の蛙大海を知らず」
小さいところだけ見ていてもダメだ。そこから視野を広げるともっと大きな世界が見えてくる。
そこにはその問題を起こしている原因が見つかるかもしれない...
by makkenji1
| 2005-05-12 21:24
| オステオパシー